
古代240年 〜 274年
ゼノビア
3世紀に存在したパルミラ帝国の「女王」と呼ばれた人物である。パルミラにあるギリシア語・パルミラ語合璧碑文では、パルミラ語(アラム語パルミラ方言)で「最も傑出した敬虔なる女王、セプティミア=バト=ザッバイ」( ספטמיא בת זבי נהירתא וזדקתא מלכתא spṭmy' bt zby nhyt' w zdqt' mlkt' )と記されている。240年頃に生まれたとされる。270年にローマ皇帝となったルキウス・ドミティウス・アウレリアヌスは北方異民族の侵入を撃退すると、ローマから分離・割拠した西のガリア帝国、東のパルミラ王国に目を向けた。アウレリアヌスはパルミラに降伏を勧告したが、272年にゼノビアはアウグストゥスの女性形である「アウグスタ」を自称、ウァバッラトゥスには「アウグストゥス」を名乗らせると共にこれを記念した貨幣を発行し、ローマに対抗する姿勢を見せた。戦争はローマの勝利に終わり、ゼノビアはローマへと連行された。274年にガリア帝国もローマへ統合したアウレリアヌスの凱旋式(274年)でローマ市内を引き回された。ゼノビアの身体は黄金の鎖で縛られ、ローマ市民への見せ物にされたという。