フリードリヒ1世の肖像
年代記の写本よりフリードリヒ1世の肖像 / Public Domain
中世1122年 〜 1190年

フリードリヒ1世

別名: バルバロッサ

ホーエンシュタウフェン朝第2代ローマ王、イタリア王フェデリーコ1世バルバロッサ、また同王朝初代となるローマ教会の皇帝フリデリクス1世のことをいう。ブルグント王としても正式に戴冠している。先代王コンラート3世の甥でザーリアー朝の皇帝ハインリヒ4世の曾孫にもあたる。父はシュヴァーベン大公フリードリヒ2世(独眼公)、母はバイエルン公ハインリヒ9世の娘ユーディト。衰退しかかっていた帝権回復を目指して戦った勇猛な皇帝であり後世で英雄とされた。1147年の父の死によりシュヴァーベン大公位を継承、1152年に叔父のコンラート3世の指名でローマ王に即位する。即位後は帝国の混乱を収拾するために、本国たるアルプス以北の諸侯に対しては特権を与えて協調をはかった。帝国の宿敵で従弟でもあるヴェルフ家のバイエルン公兼ザクセン公ハインリヒ獅子公には司教叙任権を授与し、さらに1156年にはバイエルン公位を与えるなどして和解し、これを収めることに成功した。

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