イベント 13件 / 場所 2件 / 用語 1件 を収録
中央アジアからインド北西部を支配したクシャーナ朝のもとで、現アフガニスタン東部のガンダーラ地方はヘレニズムと仏教が融合する美術文化の中心となった。バーミヤンやハッダなどで仏教寺院が栄え、シルクロード交…
7世紀半ばから正統カリフ・ウマイヤ朝の軍がホラーサーン地方に進出し、アフガニスタン各地のササン朝残存勢力や地方君主を征服した。以後数世紀をかけてイスラームが土着信仰や仏教を置き換え、この地は東方イスラ…
ティムールの死後、四男シャー・ルフが継承争いを経てサマルカンドからヘラートに都を移した。以後15世紀を通じてヘラートはペルシア語文化圏の芸術・学問の首都となり、細密画・建築・詩作が花開くティムール・ル…
ペルシアのナーディル・シャーが暗殺された混乱の中、パシュトゥン人の将アフマド・シャー・ドゥッラーニーがカンダハールで即位した。彼は現在のアフガニスタンから北インド、東イランにまたがる版図を築き、現代ア…
南下するロシア帝国を警戒した英国がインドから進軍し、シャー・シュジャーを傀儡として擁立した。しかしカーブルで反乱が起き、1842年の撤退でイギリス軍はほぼ壊滅。帝国の威信に大きな傷を残し、アフガンが「…
英領インドとアフガン首長国の国境として、英外交官モーティマー・デュアランドとアブドゥッラフマーン・アミールの間で合意された境界線。パシュトゥン民族の居住域を分断した結果、現代に至るまでアフガン・パキス…
第三次アングロ・アフガン戦争を経て、アマーヌッラー・ハーン王のもとラーワルピンディー条約が結ばれ、英国はアフガニスタンの外交権を承認。1919年8月19日が独立記念日となり、以後アマーヌッラーは西欧型…
元首相ムハンマド・ダーウードが従兄である国王ザーヒル・シャーの外遊中にクーデターを起こし、王政を廃止して共和国を樹立した。世俗化と社会主義的改革を進めたが、1978年のサウル革命で左派勢力に打倒され、…
人民民主党政権の内紛と反政府ムジャーヒディーンの蜂起を受け、ソ連軍が12月24日からカーブルに侵攻した。9年に及ぶ戦争は米中パキスタン支援のゲリラ戦に転じ、1989年のソ連撤退とその後の内戦・タリバン…
ソ連撤退後の軍閥内戦を収束させる勢力として南部カンダハールで台頭したタリバンが、1996年9月にカーブルを占領。厳格なシャリーア解釈による統治、女性の教育・就労禁止、バーミヤン大仏破壊など国際的孤立を…
9.11テロの首謀者ウサマ・ビン・ラディン引き渡し要求をタリバンが拒否したため、米英軍が10月7日から空爆を開始。北部同盟と協力して12月までにタリバン政権を崩壊させ、2004年にはカルザイを初代大統…
バイデン政権は5月に完全撤退を宣言し、8月15日にはタリバンがほぼ無血でカーブルを再制圧した。20年の米軍駐留で築かれた共和国政府は数日で崩壊し、空港の混乱、アフガン難民の流出、女性権利の再後退など人…