カール大帝の肖像
アルブレヒト・デューラー画「カール大帝」(1512年頃、ゲルマン国立博物館蔵) / Public Domain
中世742年 〜 814年

カール大帝

別名: シャルルマーニュ

カロリング朝を開いたピピン3世(小ピピン)の子。768年に弟のカールマンとの共同統治(分国統治)としてカール大帝の治世は始まり、カールマンが771年に早世したのちカールは43年間、70歳すぎで死去するまで単独の国王として長く君臨した。カールは全方向に出兵して領土を広げ、フランク王国の最盛期を現出させた。800年にはローマ教皇レオ3世によってローマ皇帝コンスタンティノス6世の後継者として帝冠を授けられた。帝都コンスタンティノープル(東ローマ帝国)はカールのローマ皇帝位を承認しない代わりにフランク皇帝だとは認め、ギリシャと正教の西方への権威を事実上放棄した。こうして古典ローマ、カトリック、ゲルマン文化の融合を体現したカール大帝は、中世以降のキリスト教ヨーロッパの王国の太祖として扱われており、「ヨーロッパの父」とも呼ばれる。カール大帝の死後843年にヴェルダン条約でフランク王国は分裂し、のちに神聖ローマ帝国・フランス王国・ベネルクス・アルプスからイタリアの国々が誕生した。1165年、神聖ローマ皇帝フリードリヒ1世の尽力によりカール大帝は列聖された。

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