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鄴(ぎょう)
別名: 鄴
現在の中国河北省邯鄲市臨漳県付近にあった古代都城。戦国時代には魏の西門豹が鄴令として灌漑事業を行ったことで知られる。後漢末には華北の実力者袁紹の本拠地となり、204年に曹操が奪取して自らの根拠地とし、銅雀台などの楼台を築いた。曹魏の時代には五都の一つに数えられ、その後も後趙・冉魏・前燕・東魏・北斉と、華北諸王朝の都として繁栄した。580年、北周の楊堅(のちの隋の文帝)が尉遅迥の乱を鎮圧した際に破壊され、都市としては衰退した。中軸線に沿った左右対称の計画的な都市設計は、後の中国の都城や日本の都城制にも影響を与えたとされる。