近世

絶対王政

別名: 絶対主義・絶対君主制・絶対王権

関連国・地域: FR, ES, DE, AT, GB

16世紀から18世紀のヨーロッパで、国王が身分制議会や封建貴族の制約をほとんど受けずに統治した政治体制。常備軍と官僚制という二つの支柱を国王が直接掌握し、その維持費を支えるために重商主義政策がとられた点に特徴がある。正統性の根拠としては、王権は神から授けられたもので人民や教会に対して責任を負わないとする王権神授説が用いられ、イングランドのジェームズ1世やフランスのボシュエがこれを説いた。フランスではユグノー戦争後のブルボン朝のもとで王権が強化され、宰相リシュリューやマザランを経て、1661年に親政を始めたルイ14世が三部会を開かずに統治し、ヴェルサイユ宮殿に貴族を集めて宮廷社会を築いた(「朕は国家なり」の言葉は後世の伝承で、実際に述べた確証はない)。スペインではフェリペ2世、ロシアではピョートル1世が同様に集権化を進めた一方、イングランドでは議会との対立が内戦(ピューリタン革命)と1688年の名誉革命を招き、立憲君主制へ移行した。18世紀には啓蒙思想を統治に取り入れたプロイセンのフリードリヒ2世、オーストリアのヨーゼフ2世、ロシアのエカチェリーナ2世らが「啓蒙専制君主」と呼ばれる改革を行った。フランス革命は絶対王政を正面から否定し、主権が国民にあるとする原則を掲げた。なお近年の研究では、現実の王権も地方の特権・司法機関・身分団体に制約されており、「絶対」という語が実態以上に強い集権を思わせるとして、この概念自体を見直す議論もある。

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