近現代
フアン・ペロンの大統領就任とペロン主義の成立
🇦🇷アルゼンチン
1946年2月24日の大統領選挙で陸軍軍人出身のフアン・ドミンゴ・ペロンが勝利し、同年6月4日に大統領に就任した。ペロンは1943年の軍事クーデター後に労働庁(のちの労働福祉庁)の長官として労働組合の要求を積極的に政策へ取り入れ、労働者層の強い支持を集めていた。1945年10月17日には、軍内部の反対派によって拘束された彼の釈放を求める労働者の大規模なデモがブエノスアイレスで起こり、これがペロン派運動の出発点とされる。政権は五カ年計画による工業化、イギリス資本の鉄道をはじめとする外国企業や中央銀行の国有化、労働者の権利拡大を進め、1947年には女性参政権を認める法律が成立した。妻のエバ・ペロン(エビータ)は福祉事業と女性の政治参加の組織化を担い、1952年に死去した。ペロンは1951年に再選されたが、1955年の軍事クーデターで失脚して亡命し、1973年に帰国して再び大統領となった。労働組合の組織化と社会政策を柱とするペロン主義(正義主義、フスティシアリスモ)は、以後のアルゼンチン政治の主要な潮流であり続けている。