近世
白山の戦い ― ボヘミア反乱の敗北とハプスブルク支配の確立
🇨🇿チェコ
プラハ近郊の丘ビーラー・ホラ(白山)で、神聖ローマ皇帝フェルディナント2世とカトリック同盟の連合軍が、ボヘミア反乱軍を短時間の戦闘で撃破した。発端は1618年のプラハ窓外投擲事件で、ハプスブルク家によるプロテスタント抑圧に反発したボヘミア貴族が皇帝の代官を城の窓から投げ落とし、翌1619年にはフェルディナント2世を廃位してカルヴァン派のプファルツ選帝侯フリードリヒ5世をボヘミア王に選んだ。しかしフリードリヒは有力な支援を得られず、白山での敗北によって在位1年余りで亡命し「冬の王」と呼ばれた。戦後の1621年6月、反乱の指導者27名がプラハ旧市街広場で処刑され、多数のプロテスタント貴族が財産を没収されて国外へ去った。1627年の「更新領邦条令」はボヘミア王位をハプスブルク家の世襲と定め、カトリックを唯一の公認宗教とし、ドイツ語をチェコ語と並ぶ公用語とした。これによりボヘミアの身分制的自立は失われ、以後約300年にわたるハプスブルク支配とカトリック化が始まった。この戦いは三十年戦争(1618〜1648年)の初期局面にあたり、ボヘミア=プファルツ戦争を決着させた。