帝国主義
別名: インペリアリズム
関連国・地域: GB, FR, DE, JP, US
強大な国家が軍事力・経済力・政治的影響力を用いて他の地域を支配し、植民地や勢力圏に組み込もうとする政策および思想。語自体は古代ローマの「インペリウム(命令権・支配権)」に由来するが、歴史用語としては特に1870年代から第一次世界大戦にかけての列強の対外膨張、いわゆる「新帝国主義」を指すことが多い。背景には、第二次産業革命による重化学工業の発展と、原料供給地・製品市場・資本の投下先を求める競争、蒸気船・鉄道・電信の普及、キニーネによるマラリア対策や後装式ライフルなど軍事・医療技術の進歩があった。ナショナリズムや、文明化の使命を掲げる言説、社会進化論的な人種観も膨張を正当化する役割を果たした。アフリカでは1884〜85年のベルリン会議で列強間の領有の原則が取り決められ、20世紀初頭までにエチオピアとリベリアを除くほぼ全域が分割された。アジアでは、イギリスがインドを直轄統治しビルマ・マレー半島へ、フランスがインドシナへ進出し、清朝には列強の勢力範囲と租借地が設定された。アメリカは1898年の米西戦争でフィリピン・グアム・プエルトリコを得て太平洋に進出し、日本も日清・日露戦争を経て台湾・朝鮮を領有した。理論的な説明としては、J・A・ホブソンが『帝国主義論』(1902年)で国内の過少消費と過剰資本に原因を求め、レーニンが『帝国主義論』(1917年)でこれを資本主義の最高段階と位置づけた。一方、経済的動機よりも戦略的・政治的要因や現地社会の側の事情を重視する研究もあり、単一の要因では説明できないとされる。列強の勢力圏争いは同盟関係の対立を深め、第一次世界大戦の一因となった。第二次世界大戦後は民族自決の原則と独立運動の高まりによって植民地体制は解体し、1960年には多数のアフリカ諸国が独立した(「アフリカの年」)。政治的支配を伴わない経済的従属関係を批判的に指す語として、新植民地主義や経済的帝国主義といった用法もある。