世界の未解決事件 ― 歴史に残る謎の犯罪10選をわかりやすく解説
はじめに
歴史の中には、どれだけ捜査を重ねても真相にたどり着けなかった事件が存在する。犯人の正体、動機、手口――そのすべてが謎に包まれたまま時が過ぎ、やがて時効が成立し、あるいは捜査が打ち切られる。本記事では世界と日本の歴史に刻まれた未解決事件を取り上げ、それぞれの事件が社会に与えた影響とともに振り返る。
切り裂きジャック(イギリス・1888年)
1888年、ロンドンのイーストエンド・ホワイトチャペル地区で連続殺人事件が発生した。被害者はいずれも貧困層の女性で、少なくとも5人が残忍な手口で殺害された。犯人は「ジャック・ザ・リッパー(Jack the Ripper)」の名で世界中に知られるようになった。
この事件が特異だったのは、犯人が新聞社や自警団に挑発的な手紙を送りつけた点にある。中でも「地獄から」と題された手紙には被害者の臓器の一部が同封されていたとされ、社会に衝撃を与えた。
犯人候補としては王室の侍医、ポーランド系移民の理髪師、画家ウォルター・シッカートなど数百人が挙げられてきた。2019年にはDNA鑑定でポーランド系移民アーロン・コスミンスキーが犯人だとする研究が発表されたが、鑑定手法に疑問が呈され、決定的な結論には至っていない。
この事件はヴィクトリア朝イギリスの深刻な貧困問題を浮き彫りにし、近代的な犯罪捜査やプロファイリングの発展に大きな影響を与えた。
ブラック・ダリア事件(アメリカ・1947年)
1947年1月15日、ロサンゼルスの空き地で若い女性の遺体が発見された。女優を夢見てハリウッドにやってきたエリザベス・ショート、22歳。遺体は腰の部分で完全に切断され、血液は抜き取られ、顔には口角から耳に達する切れ込みが入れられていた。
ショートは死後メディアによって「ブラック・ダリア」と名付けられた。事件は全米の注目を集め、ロサンゼルス市警には60人以上が犯行を「自白」する事態となった。容疑者は150人以上に上ったが、確たる証拠を持つ者は誰もいなかった。
医師ジョージ・ホデルの息子が父親を犯人だと主張する書籍を出版するなど、現在もさまざまな仮説が提唱されている。事件はハリウッドの華やかさと裏腹の暗部を象徴するものとして、アメリカ犯罪史に深く刻まれている。
タマム・シュッド事件(オーストラリア・1948年)
1948年12月1日、オーストラリアのアデレード近郊ソマートン海岸で、身元不明の男性の遺体が発見された。男性は上質なスーツを着ており、所持品からはすべての身元表示が剥がされていた。死因も特定できなかった。
唯一の手がかりは、男性のポケットから見つかった紙片だった。そこにはペルシャ語で「タマム・シュッド(終わった)」と印刷されており、これは『ルバイヤート』という詩集から破り取られたものと判明した。該当する詩集が後に発見され、裏表紙には解読不能の暗号と電話番号が書かれていた。
2022年にDNA鑑定とデータベース解析によって、遺体はメルボルン出身の電気技師カール・ウェッブであると特定されたが、死因や死亡の経緯は依然不明のままである。冷戦初期のスパイ活動との関連も指摘されている。
帝銀事件(日本・1948年)
1948年1月26日、東京都豊島区の帝国銀行(現・三井住友銀行)椎名町支店に、東京都衛生課の職員を名乗る男が現れた。男は「近隣で赤痢が発生したため予防薬を飲んでほしい」と行員16人に液体を飲ませた。それは青酸化合物であり、12人が死亡、4人が重体となった。犯人は現金約16万円と小切手を奪って逃走した。
その後、テンペラ画家の平沢貞通が逮捕され、死刑判決を受けた。しかし物証は乏しく、自白の信憑性にも疑問が残った。GHQ占領下の旧日本軍細菌兵器研究(731部隊)との関連を指摘する声もあった。平沢は死刑が執行されないまま1987年に獄中で病死し、事件は日本の冤罪問題を考える上で重要な事例とされている。
下山事件(日本・1949年)
1949年7月5日、国鉄初代総裁の下山定則が出勤途中に三越百貨店付近で失踪した。翌日未明、常磐線綾瀬駅付近の線路上で轢断された遺体が発見された。
最大の争点は自殺か他殺かという点だった。東京大学法医学教室は「生体轢断」(生きている状態で轢かれた)と鑑定し他殺説を支持したが、慶應義塾大学は「死後轢断」の可能性を指摘した。背景には10万人規模の国鉄職員の大量解雇(いわゆる「行政整理」)があり、労働運動の弾圧を狙ったGHQや米軍情報機関の関与が疑われた。
同年に相次いだ三鷹事件・松川事件とあわせて「国鉄三大ミステリー」と呼ばれ、占領期日本の闇を象徴する事件である。
三億円事件(日本・1968年)
1968年12月10日、東京都府中市で東芝府中工場の従業員ボーナス約3億円(現在の貨幣価値で約30億円)を積んだ現金輸送車が、白バイ警官に扮した犯人1人に奪われた。犯人は輸送車の下に爆弾が仕掛けられていると偽り、車両ごと現金を持ち去った。犯行はわずか数分で完了した。
延べ17万人以上の捜査員が投入され、当時としては戦後最大の捜査体制が敷かれた。有力な容疑者として少年Sが浮上したが、その後自殺。決定的証拠は見つからず、1975年に刑事時効、1988年に民事時効が成立した。
この事件は日本の犯罪史を語る上で避けて通れない事件であり、現金輸送の警備体制が抜本的に見直される契機となった。
ゾディアック事件(アメリカ・1968〜1969年)
1968年から1969年にかけて、カリフォルニア州北部で少なくとも5人が殺害された。犯人は自ら「ゾディアック」と名乗り、サンフランシスコの新聞社に暗号文付きの手紙を送りつけた。暗号文の中には「人を殺すのが楽しい」という内容が含まれており、社会を恐怖に陥れた。
4通の暗号文のうち最初の1通は教師夫妻によってすぐに解読されたが、最も有名な「340暗号」は51年間解けなかった。2020年、アマチュアの暗号解読チームがようやくこれを解読することに成功した。
2021年には市民調査団体「ケース・ブレイカーズ」がゲイリー・フランシス・ポストを犯人だと主張したが、FBI・カリフォルニア州司法局ともに犯人を確定していない。
D.B.クーパー事件(アメリカ・1971年)
1971年11月24日、ポートランド発シアトル行きのノースウエスト航空305便で、「ダン・クーパー」と名乗る男がハイジャックを実行した。爆弾の入ったブリーフケースを客室乗務員に見せ、20万ドルとパラシュート4つを要求。シアトルで身代金と引き換えに乗客を解放した後、メキシコへの飛行を要求し、飛行中にボーイング727の後部タラップからパラシュートで降下して姿を消した。
1980年にワシントン州の川岸で身代金の一部(約5,800ドル)が発見されたが、クーパー本人は見つからなかった。FBIは45年間で約1,000人の容疑者を調査したが犯人を特定できず、2016年に正式に捜査を終了した。航空史上唯一の未解決ハイジャック事件であり、この事件を機に航空機の後部タラップが飛行中に開かないよう改修された(通称「クーパー・ベイン」)。
グリコ・森永事件(日本・1984〜1985年)
1984年3月、江崎グリコの社長が自宅から誘拐された事件に端を発する。社長は監禁先から自力で脱出したが、その後犯人グループは「かい人21面相」を名乗り、グリコや森永製菓、ハウス食品など大手食品企業を次々と脅迫した。
犯人らは青酸入りの菓子を店頭にばらまくと脅し、実際に毒入り菓子が発見されて社会はパニックに陥った。報道機関や警察への挑戦状は100通以上に及び、「くいもんの会社いびるの止めたる」という唐突な犯行終結宣言で幕を閉じた。
大阪府警の捜査官がキツネ目の男を発見しながら取り逃がしたエピソードは広く知られている。2000年2月に最後の事件の時効が成立し、犯人グループの正体は不明のままである。日本における劇場型犯罪の代名詞とされる。
世田谷一家殺害事件(日本・2000年)
2000年12月30日の深夜、東京都世田谷区の一戸建て住宅で会社員の宮澤みきおさん(当時44歳)と妻、長女、長男の一家4人が殺害された。
犯人は犯行後も数時間にわたって現場に留まり、冷蔵庫のアイスクリームを食べ、パソコンでインターネットを閲覧するなど異常な行動をとった。現場には犯人のものとみられるヒップバッグ、衣類、凶器の包丁に加え、指紋やDNAが残されていた。
遺留品からは韓国製のスニーカー、特殊な砂の成分などが検出され、犯人の生活圏を示す手がかりは豊富にあるにもかかわらず、特定には至っていない。2010年の法改正で殺人の公訴時効が撤廃されたため、捜査は現在も継続中である。警視庁は懸賞金を2000万円に増額し、情報提供を呼びかけている。
未解決事件が社会に与える影響
これらの未解決事件は、単なる犯罪記録にとどまらない意味を持っている。
帝銀事件は日本の冤罪問題の原点とされ、刑事司法制度の在り方に一石を投じた。三億円事件は現金輸送の警備体制を変え、グリコ・森永事件は食品安全基準と包装技術の向上につながった。切り裂きジャック事件はプロファイリング技術の発展を促し、ゾディアック事件は暗号解読技術の進歩を後押しした。D.B.クーパー事件は航空機の安全設計を変えた。タマム・シュッド事件は身元特定技術やDNAデータベースの活用を推進するきっかけとなった。
未解決事件は時代の社会問題を映し出す鏡でもある。占領期日本の混乱、高度経済成長期の歪み、ヴィクトリア朝の貧困――事件の背景を知ることは、その時代を理解することにもつながる。
近年ではDNA鑑定技術の飛躍的な進歩により、数十年前のコールドケースが解決に至る例が増えている。技術の進歩が、歴史の闇に光を当てる日が来るかもしれない。