近現代
コンゴ自由国 ― レオポルド2世の私領地と虐殺
🇨🇩コンゴ民主共和国
1885年のベルリン会議でベルギー国王レオポルド2世の「私的所有物」と認められたコンゴ自由国(État indépendant du Congo)で起きた、史上最悪級の植民地残虐行為。天然ゴム採取のノルマを課された現地住民は、未達成の場合に軍属「フォース・ピュブリック」により手足切断・村焼き討ち・人質処刑にさらされた。ゴム弾の使用を監督官に証明するため、兵士は殺害した住民の右手を籠に入れて持ち帰る慣行があり、切断された手の写真は国際的スキャンダルを引き起こした。1885年から1908年までの人口減少は推計800万〜1,000万人。イギリス人E・D・モレルとアメリカ人ジャーナリストの告発で国際世論が動き、1908年にベルギー政府が植民地を接収。コンラッドの小説『闇の奥』の背景でもあり、「植民地主義の暗黒」を象徴する事件として記憶される。