近現代

ポントス・ギリシャ人虐殺とアッシリア人虐殺

🇹🇷トルコ・オスマン帝国

アルメニア人虐殺と並行してオスマン帝国末期・トルコ独立戦争期に行われた、ポントス地方(黒海南岸)のギリシャ人およびアッシリア人キリスト教徒に対する組織的殺戮・追放。青年トルコ人政権と、後のケマル勢力が、「ムスリム以外の少数民族」をアナトリアから排除する過程で実行した。ポントス・ギリシャ人の犠牲は30万〜36万人、アッシリア人は25万〜75万人と推定される。1923年のギリシャ・トルコ間住民交換協定(ローザンヌ条約付帯協定)により、アナトリアのギリシャ正教徒120万人がギリシャへ、ギリシャ領内のムスリム40万人がトルコへ強制移住させられ、数千年続いたアナトリアのギリシャ人共同体は事実上消滅した。ギリシャ議会は1994年にポントス・ジェノサイド記念日(5月19日)を制定、欧州議会・スウェーデンオランダなどがジェノサイドと認定しているが、トルコ政府は否認している。

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