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オマーン東部の海岸沿いにある、11〜15世紀にかけてホルムズ王国の港湾都市として栄えた遺跡。インドや東アフリカとを結ぶ香辛料や馬の海上交易拠点でした。マルコ・ポーロの旅行記にも記録され、かつての城壁都市の姿とアラビア半島の海洋交流史を留めています。
オマーン内陸部にある、紀元前3000年紀(青銅器時代)の集落および共同墓地の遺跡群。この地域は「マガン」と呼ばれ、メソポタミアへ銅を輸出して栄えた重要な拠点でした。「ハチの巣」の形をした石造りの墓が無数に立ち並び、古代シュメール文化とアラビア半島の密接な関係を証言します。
オマーン内陸部に残る、12〜15世紀にかけて支配したナブハーニ王朝の強力な軍事拠点です。ヤシの木を見下ろす丘の上に、日干しレンガと石で造られた壮大な城壁や塔が築かれ、防衛とオアシス農業が一体化した伝統的集落形態を伝えています。
オマーン南部の、古代において黄金と同等以上の価値を持った樹脂「乳香」繁栄の跡。乳香の樹木が生える野生の谷、当時乳香を輸送・保護するため発展した巨大なキャラバン中継オアシスの城壁都市跡や積出港の要塞群等が、古代世界の巨大な富の交易ネットワークを伝えます。
オマーンの紀元前2500年頃には確立していた古代の地下水路灌漑(アフラジ)システムの代表的遺跡群。極度の乾燥に対し、地下水源から長大な距離を重力で水を運び、天文学を用いて平等に分配するという、オマーン民族の水の管理と協力に基づく生命・社会維持の根幹です。