近世
サイイド・サイードのザンジバル遷都
🇴🇲オマーン
ブーサイード朝のスルターン、サイイド・サイード(サイード・ビン・スルターン)は、東アフリカ沿岸の交易を重視して1840年に居所をマスカトからザンジバル島のストーン・タウンへ移した。ザンジバルではクローブ(丁子)のプランテーションが導入され、象牙とともに主要な輸出品となり、インド洋交易の一大拠点となった。一方でこの交易は東アフリカ内陸からの奴隷交易とも結びついており、19世紀後半にはイギリスの圧力のもとで段階的に禁止されていった。1856年のサイードの死後、その領国はマスカト・オマーンとザンジバルに分裂した。