近世
アルゼンチン独立宣言
🇦🇷アルゼンチン
1816年7月9日、トゥクマンで開かれた会議(トゥクマン会議)において、リオ・デ・ラ・プラタ連合州がスペインからの独立を正式に宣言した。1810年の五月革命以降、ブエノスアイレスの政府はスペイン王フェルナンド7世の名目上の主権を掲げたままだったが、1814年に復位した同王が植民地への統制回復を図ったため、独立を明文化する必要が高まった。会議は1816年3月に内陸の都市サン・ミゲル・デ・トゥクマンで開会し、宣言文はスペイン語のほかケチュア語・アイマラ語でも公布された。ただしパラグアイや、アルティガスの影響下にあった東方州(現在のウルグアイ)などは代表を送っておらず、宣言の及ぶ範囲は後の国境とは一致しない。また君主制か共和制かという国家形態や、中央集権と連邦制をめぐる対立は未解決のまま残り、以後数十年にわたる内戦の要因となった。アンデス越えの遠征を準備していたホセ・デ・サン=マルティンは、独立宣言を強く促した一人である。7月9日はアルゼンチンの独立記念日とされている。