近世1764年 〜 1850年
ホセ・ヘルバシオ・アルティガス
別名: アルティガス・自由な人民の保護者
ウルグアイ独立運動の指導者で、「ウルグアイ建国の父」と呼ばれる国民的英雄。モンテビデオに生まれ、1811年にバンダ・オリエンタル(現在のウルグアイ)の独立運動を率いてラス・ピエドラスの戦いでスペイン王党派軍を破った。ブエノスアイレスの中央集権主義に反対して連邦主義を掲げ、ラプラタ地域の諸州を束ねる「連邦同盟」を主導し、「自由な人民の保護者」と称された。土地改革など先進的な政策も試みたが、1816年からのポルトガル軍の侵攻に敗れ、1820年にパラグアイへ亡命した。以後帰国することなく1850年に同地で死去したが、その連邦主義と自立の思想はウルグアイ国家の礎とされ、遺骨は現在モンテビデオの独立広場の霊廟に安置されている。