近世1767年 〜 1829年
アヌウォン
別名: チャオ・アヌウォン・アヌ王・Chao Anouvong・Anouvong
ヴィエンチャン王国最後の王(在位1805〜1828年)。ヴィエンチャン王シリブンヤサーンの子として生まれ、1779年にシャム軍が同国を占領した際、兄たちとともに人質としてバンコクへ連れ去られ、シャム宮廷で育った。ビルマとの戦いでシャム側に従軍した功もあって1805年に兄インタウォンの死後ヴィエンチャン王に封じられ、当初はシャムの宗主権を認めながら、1818年のワット・シーサケット造営など仏教寺院の建立と都の復興に努めた。しかし住民の強制移住や重い貢納への不満から自立を志し、1826年末にコーラート高原へ進軍した。シャム軍の反攻に敗れて1828年に捕らえられ、翌1829年にバンコクで没した。反乱の結果ヴィエンチャンは破壊され、王国は廃されてシャムの直接支配下に入った。ラオスでは民族独立を象徴する英雄と位置づけられ、首都ヴィエンチャンのメコン河畔には彼の銅像が立つ。