中世1147年 〜 1199年
源頼朝
別名: 頼朝・みなもとのよりとも
鎌倉幕府の初代征夷大将軍。河内源氏の棟梁・源義朝の三男として生まれ、1160年の平治の乱で父が敗死すると伊豆国に流された。配流先で北条時政の娘政子と結ばれ、1180年に以仁王の令旨を奉じて挙兵する。石橋山の戦いで一度は敗れたものの鎌倉を本拠に関東の武士団を結集し、1183年の寿永二年十月宣旨で東国支配権を朝廷に公認された。弟の範頼・義経らを西へ派遣し、1185年の壇ノ浦の戦いで平氏を滅ぼすと、同年には守護・地頭の設置を認めさせて全国的な武家支配の基礎を築いた。1189年に奥州藤原氏を滅ぼして武家の棟梁としての地位を確立し、1192年に征夷大将軍に任じられた。御家人との間に御恩と奉公による主従関係を結び、日本で最初の本格的な武家政権を打ち立てた。