中世
スカンデルベグの反乱とレジャ同盟の結成
🇦🇱アルバニア
1443年11月、オスマン帝国に仕えていたアルバニア人領主の子ジェルジ・カストリオティ(スカンデルベグ)は、ニシュの戦いののちにオスマン軍を離れ、一族の拠点であったクルヤの城を奪って反乱を起こした。翌1444年3月にはレジャに諸領主を集めて同盟(レジャ同盟)を結び、分立していたアルバニア諸侯を共同の指揮下に置いた。以後スカンデルベグは山岳地形を活かした機動戦でムラト2世・メフメト2世の遠征軍を繰り返し撃退し、ヴェネツィアやナポリ王国、ローマ教皇庁の支援を受けた。1468年に彼が没すると抵抗は続かず、1478年にクルヤが陥落してオスマン帝国の支配が確立し、その後400年以上続いた。