中世1405年 〜 1468年
スカンデルベグ
別名: ジェルジ・カストリオティ・Gjergj Kastrioti Skënderbeu・Skanderbeg
15世紀アルバニアの領主・軍人。本名はジェルジ・カストリオティ。北アルバニアの領主ジョン・カストリオティの子として1405年頃に生まれ、少年期にオスマン帝国へ送られて同帝国の軍人として仕え、「イスケンデル・ベイ」に由来するスカンデルベグの名で呼ばれた。1443年、ニシュの戦いののちオスマン軍を離れて故地に戻り、一族の拠点クルヤを回復して反乱を起こす。1444年にはレジャで諸侯の同盟をまとめ、以後20年以上にわたりムラト2世・メフメト2世が送った遠征軍を山岳戦で退け続けた。ヴェネツィアやナポリ王国、ローマ教皇庁と結んで支援を受け、教皇から「キリストの戦士(アトレータ・クリスティ)」と称された。1468年1月にレジャで病没し、1478年にはクルヤが陥落してアルバニアはオスマン帝国の支配下に入った。19世紀のアルバニア民族覚醒以降、民族的英雄として記憶されている。