近世1450年 〜 1500年
バルトロメウ・ディアス
別名: ディアス・バーソロミュー・ディアス
ポルトガルの航海士・探検家。1487年にジョアン2世の命を受けてアフリカ西岸の南下探検に出発し、1488年2月にアフリカ最南端の喜望峰に到達した。嵐の中でたどり着いたため当初「嵐の岬(カーボ・ダス・トルメンタス)」と命名したが、国王ジョアン2世がインド洋への希望の道が開けたことを称え「喜望峰(カーボ・ダ・ボア・エスペランサ)」と改名した。乗組員の反発で引き返さざるを得なかったものの、この到達が10年後のヴァスコ・ダ・ガマのインド航路開拓への決定的な一歩となった。1500年、カブラルのブラジル遠征に随伴した帰路、喜望峰沖で嵐に遭い、かつて自ら命名した「嵐の岬」の海で命を落とした。