古代紀元前247年 〜 紀元前183年

ハンニバル・バルカ

別名: ハンニバル

カルタゴの将軍。第一次ポエニ戦争で戦った将軍ハミルカル・バルカの子として紀元前247年頃に生まれ、父と義兄がイベリア半島に築いた勢力を紀元前221年に継承した。紀元前219年にローマと結ぶ都市サグントゥムを攻略し、翌紀元前218年に第二次ポエニ戦争が始まると、象を含む軍を率いてピレネー山脈とアルプスを越えて北イタリアに侵入。トレビア川、トラシメヌス湖の戦いに続き、紀元前216年のカンナエの戦いでは両翼から包囲する戦術でローマ軍に未曾有の打撃を与えた。しかしローマ市そのものの攻略には至らず、イタリア諸都市を離反させて戦力を削る長期戦は決定的な成果を生まなかった。紀元前203年に本国防衛のため帰還し、翌紀元前202年のザマの戦いで大スキピオ(アフリカヌス)に敗れ、カルタゴは講和を受け入れて西地中海の覇権を失った。戦後は本国で政治にあたったのち東方へ亡命し、セレウコス朝のアンティオコス3世のもとなどを頼り、紀元前183年頃に小アジアのビテュニアで没した。用兵の巧みさは後世の軍事史でも繰り返し研究されている。

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