中世
源頼朝が鎌倉幕府を開く(鎌倉時代始まり)
🇯🇵日本
治承・寿永の乱に勝利した源頼朝が、鎌倉を拠点に本格的な武家政権を打ち立てた。1180年に伊豆で挙兵した頼朝は、相模の鎌倉に入って侍所を置き、東国の武士を御家人として組織した。1185年3月の壇ノ浦の戦いで平氏が滅亡した後、同年11月には対立した弟義経の追討を名目として、朝廷に守護・地頭の設置を認めさせ、全国の軍事・警察権と荘園・公領からの兵粮米徴収の権限を確保した。1189年に奥州藤原氏を滅ぼして東国支配を固め、1192年には征夷大将軍に任じられている。将軍と御家人が土地を介して御恩と奉公で結ばれるこの体制は、京都の朝廷と併存しながら次第に実権を強め、1221年の承久の乱を経て北条氏の執権政治のもとで全国的な支配を確立した。幕府の成立年については、守護・地頭の設置を重視して1185年とする説と、征夷大将軍就任の1192年とする説などがあり、教科書でも扱いが分かれる。以後、明治維新まで約680年にわたり武家が政治の中心を担うことになった。