中世

屋島の戦い

🇯🇵日本

一ノ谷の戦いののち、平氏は讃岐国屋島(現在の香川県高松市)に内裏を構え、瀬戸内海の制海権を保っていた。元暦2年(1185年)2月、源義経は摂津国渡辺津から暴風のなかを少数の船で出航し、通常数日かかる航路を一日で渡って阿波国勝浦に上陸した。そこから陸路を進んで屋島の背後に迫り、民家に火を放って大軍の来襲と見せかけたため、海上からの攻撃に備えていた平氏は不意を突かれて船へ逃れた。この戦いでは、平氏方が掲げた扇の的を那須与一が射抜いた逸話や、義経をかばって佐藤継信が討たれた話が『平家物語』に語られ、後世まで広く親しまれている。屋島を失った平氏は安徳天皇と三種の神器を奉じて長門国彦島に退き、翌3月の壇ノ浦の戦いで滅亡した。屋島の戦いは源平の争乱の帰趨を決定づけた一戦とされる。

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