近世
ラーンサーン王国の分裂 ― 三王国時代の始まり
🇱🇦ラオス
最盛期を築いたスリニャウォンサー王(在位1637〜1694年)の死後、ラーンサーン王国では王位継承をめぐる争いが続き、1707年にルアンパバーン王国とヴィエンチャン王国に分裂した。さらに1713年には南部にチャンパーサック王国が分立し、メコン川中流域のラオ族の政治的統一は失われた。分立した各王国は、ビルマのコンバウン朝、シャム(アユタヤ朝、のちトンブリー朝・ラタナコーシン朝)、ベトナムの阮氏といった周辺勢力に個別に向き合わざるを得ず、1778〜79年にはシャム軍の遠征を受けてその宗主権下に置かれた。この分裂状態は19世紀末にフランスがラオスを保護領としてまとめるまで続き、現在のラオスとタイ東北部にまたがるラオ族社会の分断の起点にもなった。