近世

アヌウォンの反乱とヴィエンチャンの破壊

🇱🇦ラオス

ヴィエンチャン王アヌウォン(在位1805〜1828年)は、シャム(ラタナコーシン朝)の宗主権からの自立を目指して1826年末に挙兵し、コーラート高原へ進軍した。しかしシャム軍の反攻を受けて敗走し、1827年にヴィエンチャンは占領された。1828年に再起を図ったアヌウォンは捕らえられてバンコクへ送られ、翌1829年に同地で没した。シャム軍はヴィエンチャンの王宮と市街を破壊し、多数の住民をメコン川右岸(現在のタイ東北部)へ強制移住させた。市内で焼き討ちを免れた数少ない建造物が、アヌウォン自身が1818年に建立したワット・シーサケットである。ヴィエンチャン王国は廃されてシャムの直接支配下に入り、この地域は19世紀末のフランス進出まで荒廃した。今日のラオスでは、アヌウォンは民族の独立を象徴する人物として記憶されている。

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