近世

名誉革命(グロリアス・レボリューション)

🇬🇧イギリス

カトリックを信仰し議会と対立を深めていたイングランド王ジェームズ2世に対し、1688年、議会の指導者たちが王の娘メアリとその夫であるオランダ総督ウィレム3世(英名ウィリアム)に来援を要請した。同年11月にウィリアムが軍を率いて南西部デヴォンに上陸すると、貴族や軍の支持を失ったジェームズ2世はフランスへ亡命し、大規模な戦闘を伴わずに政権が交代した。翌1689年、招集された議会はウィリアム3世とメアリ2世の共同統治を承認するとともに「権利の宣言」を提出し、これを法制化した権利章典(Bill of Rights)が制定された。権利章典は、議会の同意なしに国王が法律を停止・免除したり、課税や平時の常備軍の維持を行ったりすることを禁じ、議会内での言論の自由や選挙の自由を定めて、国王の権限が議会の定める法に従うという原則を確立した。同年の寛容法はプロテスタントの非国教徒に一定の信仰の自由を認めている。イングランドでは流血がほとんどなかったことから「名誉革命」と呼ばれるが、スコットランドやアイルランドではジェームズ2世を支持するジャコバイトとの戦いが続いた。この一連の変革は議会主権と立憲君主制の基礎となり、その後の議会政治の発展に大きな影響を与えた。

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