近現代
アイルランド独立戦争と英愛条約 ― アイルランド自由国の成立
🇮🇪アイルランド
1918年の総選挙でアイルランドの議席の大半を獲得したシン・フェイン党は、ウェストミンスター議会への登院を拒み、1919年1月にダブリンで独自の議会ドイル・エアランを開いて独立を宣言した。同じ頃からアイルランド共和軍(IRA)とイギリス側の警察・補助部隊との武力衝突が広がり、マイケル・コリンズが組織した情報部門による攻撃と、これに対する報復が繰り返される消耗戦となった。1920年のアイルランド統治法により島は南北に分割され、1921年7月の休戦を経て、同年12月6日にロンドンで英愛条約が調印された。条約はアイルランド26州をイギリス連邦内の自治領「アイルランド自由国」とする一方、北東部6州の連合王国残留と国王への忠誠宣誓を定めた。条約の受け入れをめぐって独立運動は分裂し、1922年から翌年にかけて賛成派と反対派によるアイルランド内戦が戦われ、コリンズも1922年8月に銃撃を受けて死亡した。自由国は1937年の新憲法で国名を「エール」と改め、1949年に共和国として連邦を離脱した。