近現代

トリアノン条約

🇭🇺ハンガリー

第一次世界大戦の講和条約の一つとして、1920年6月4日、パリ郊外ヴェルサイユのグラン・トリアノン宮殿で連合国とハンガリーの間に結ばれた条約。オーストリアハンガリー帝国の解体を受け、ハンガリーはトランシルヴァニアをルーマニアへ、スロヴァキアとカルパチア・ルテニアをチェコスロヴァキアへ、クロアチアとヴォイヴォディナをセルブ・クロアート・スロヴェーン王国(のちのユーゴスラヴィア)へ割譲し、ブルゲンラントはオーストリア領となった。これにより戦前のハンガリー王国は領土の約3分の2と人口の約半分を失い、多数のハンガリー語話者が国境の外側で暮らすことになった。軍備は3万5千人に制限され、賠償の義務も課された。条約への不満は戦間期ハンガリーの領土回復(レヴィジオ)運動を生み、第二次世界大戦での枢軸国側参戦の背景ともなった。国境は1947年のパリ条約でほぼトリアノン条約の線に戻され、6月4日は2010年以降「国民結束の日」とされている。

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