近現代
デイトン合意とボスニア・ヘルツェゴビナ紛争の終結
🇧🇦ボスニア・ヘルツェゴビナ
1992年の独立をめぐって始まったボスニア・ヘルツェゴビナ紛争は、3年半にわたりサラエボ包囲やスレブレニツァ虐殺などの惨禍をもたらした。1995年8月からのNATOによる空爆とアメリカの仲介を経て、同年11月、アメリカ・オハイオ州デイトンのライト・パターソン空軍基地でセルビア(ミロシェヴィッチ)、クロアチア(トゥジマン)、ボスニア(イゼトベゴヴィッチ)の代表が和平案に仮調印し、12月14日にパリで正式に署名された。合意はボスニア・ヘルツェゴビナを単一の主権国家としつつ、ボシュニャク人・クロアチア人主体のボスニア・ヘルツェゴビナ連邦とスルプスカ共和国という二つの「構成体」に分ける体制を定め、大統領評議会を三民族の代表で構成するなど複雑な権力分有の仕組みを導入した。停戦の実現と引き換えに民族ごとの分断を制度化したとの評価もあり、和平合意はその後も同国の政治構造の基本枠組みであり続けている。