中世
オスマン帝国によるボスニア王国の征服
🇧🇦ボスニア・ヘルツェゴビナ
1463年、メフメト2世が率いるオスマン帝国軍がボスニアへ侵攻し、王都ボボヴァツをはじめとする諸城が短期間で陥落した。最後の王ステファン・トマシェヴィッチはクリュチで捕らえられてヤイツェ付近で処刑され、ボスニア王国は事実上滅亡した。同年ハンガリー王マーチャーシュ1世が北部を奪回してヤイツェ・バナートを設けたため、北辺の一部は16世紀前半までハンガリーの支配下に残り、南部のヘルツェゴビナ(ヘルツェグ領)も1482年まで抵抗を続けた。以後ボスニアはオスマン帝国のサンジャク(のちにボスニア州)として約4世紀にわたり統治され、この間に住民の相当部分がイスラームに改宗して、南東ヨーロッパでも特異なムスリム人口の多い地域が形成された。サラエボやモスタルといった都市もこの時代に整備された。