近世

アラウィー朝の成立とモロッコの再統一

🇲🇦モロッコ

サアド朝の崩壊後に諸勢力が割拠していたモロッコで、南東部のオアシス地帯タフィラルトを拠点とし預言者ムハンマドの子孫を称するアラウィー家が台頭した。ムーレイ・ラシードは1666年にフェスを制圧してスルタンを称し、1669年にはマラケシュも押さえて国土をほぼ再統一した。続くムーレイ・イスマーイール(在位1672〜1727年)はメクネスを都として大規模に整備し、常備軍を編成して中央集権化を進めるとともに、1684年にイギリスからタンジールを、1689年にスペインからラライシュ(アラーイシュ)を回復した。アラウィー朝は19世紀以降のヨーロッパ列強の進出とフランススペインの保護領期を経てなお存続し、現在のモロッコ王国の王家として続いている。

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