近世
鎖国
別名: 海禁政策・江戸の対外政策
関連国・地域: JP
江戸幕府が17世紀前半(1633〜1641年)に段階的に完成させた対外関係の制限政策。ポルトガル船来航禁止・日本人の海外渡航禁止・対外関係の窓口を長崎(出島のオランダ、唐人屋敷の中国)・対馬(朝鮮)・薩摩(琉球)・松前(アイヌ)のいわゆる「四つの口」に限定した。キリスト教の布教禁止と貿易独占が主目的。「鎖国」という言葉は、1801年に長崎通詞の志筑忠雄がケンペル『日本誌』の一章を訳した際に生まれた造語で、幕府自身が用いた政策名ではない。幕府は「四つの口」で外交・貿易を続けており、完全な孤立ではなかった。オランダ商館長には海外情勢をまとめた「オランダ風説書」を提出させ、限られた窓口から世界の動きを把握していた。1853年のペリー来航と翌年の日米和親条約で終焉した。