中世
鄭和の大航海遠征開始(ていわのだいこうかいえんせいかいし)
🇨🇳中国
1405年、明の永楽帝の命により、宦官の鄭和が率いる大船団が南海遠征に出発した。鄭和は雲南出身のムスリムで、幼名を馬三宝といい、永楽帝の側近として艦隊の総指揮を任された。第1回の遠征は数十隻の大型船を含む船団と2万数千人規模の乗員から成り、チャンパ・ジャワ・スマトラを経てインド南西岸のカリカットに至った。以後1433年までに計7回の遠征が行われ、ホルムズやアデン、さらにアフリカ東岸のモガディシュやマリンディにまで達した。遠征の主な目的は各地の君主に明への朝貢を促し、皇帝の権威を示すことにあり、麒麟(キリン)などの珍しい動物を含む献上品が宮廷にもたらされた。膨大な費用に加え、北方防衛の重視や官僚層の反対もあって遠征は7回で終わり、以後の明は民間の海上交易を制限する海禁政策を基本とした。