イベント 10件 / 場所 6件 / 人物 3名 を収録
モンゴルの部族長の息子として生まれたテムジンは、幼少期に父を毒殺され、奴隷同然の苦境から這い上がった。仲間の信頼を集めて勢力を拡大し、長年にわたるモンゴル諸部族間の争いを制して統一に向けて歩み始めた。…
1206年、モンゴル高原で開催されたクリルタイ(諸侯会議)において、テムジンは全モンゴル諸部族の支配者「チンギス・ハン」として即位し、モンゴル帝国を建国した。チンギス・ハンは騎馬軍団を核とした革命的な…
チンギス・ハンは西夏遠征中の1227年に死去した。その遺体は故郷モンゴルに運ばれたが、陵墓の場所は現在も不明のままである。帝国はオゴデイ・ハンが引き継ぎ、さらに拡大を続けた。1241年にはバトゥとスベ…
チンギス・ハンの孫フビライ・ハンは1271年に中国式の王朝名「元」を定め、1279年に南宋を滅ぼして中国全土を支配した。元の首都・大都(現在の北京)にはマルコ・ポーロをはじめ多くの外国人が訪れ、東西交…
14世紀半ばの元朝は、帝位継承をめぐる内紛、黄河の氾濫や飢饉、紙幣の乱発による経済混乱が重なって統治力を失い、紅巾の乱をはじめとする反乱が各地に広がった。反乱勢力から台頭した朱元璋は1368年に南京で…
モンゴル高原南部のトゥメト部を率いたアルタン・ハーンは、1578年に青海(ココノール)地方でチベット仏教ゲルク派の高僧ソナム・ギャツォと会見した。この席でアルタン・ハーンはソナム・ギャツォに「ダライ・…
1911年10月に中国で辛亥革命が起こって清朝の統治が揺らぐと、外モンゴルの王公と高位聖職者たちは清からの離脱を決め、同年12月にフレー(現ウランバートル)で独立を宣言した。12月29日、チベット仏教…
清朝の崩壊(1912年)後、外モンゴルはいったん自治を宣言したが、中国軍の支配を経てソ連の支援を受けた革命勢力が台頭した。1921年にモンゴル人民革命が起き、ソ連軍の支援を受けてモンゴル人民党が政権を…