中世
フビライ・ハンと元朝の成立
🇲🇳モンゴル
チンギス・ハンの孫フビライ・ハンは1271年に中国式の王朝名「元」を定め、1279年に南宋を滅ぼして中国全土を支配した。元の首都・大都(現在の北京)にはマルコ・ポーロをはじめ多くの外国人が訪れ、東西交易の拠点として繁栄した。フビライは日本にも服属を要求し、従わないとみるや1274年(文永の役)と1281年(弘安の役)の二度にわたって大軍を送ったが、嵐(いわゆる「神風」)と日本軍の抵抗によって失敗した。元朝は14世紀に漢民族の反乱(紅巾の乱)で衰退し、1368年に明朝に取って代わられた。