中世

アルタン・ハーンとダライ・ラマ号の成立

🇲🇳モンゴル

モンゴル高原南部のトゥメト部を率いたアルタン・ハーンは、1578年に青海(ココノール)地方でチベット仏教ゲルク派の高僧ソナム・ギャツォと会見した。この席でアルタン・ハーンはソナム・ギャツォに「ダライ・ラマ」の称号を贈った。ダライはモンゴル語で「大海」を意味し、ギャツォ(大海)のモンゴル語訳にあたる。ソナム・ギャツォは第3世と数えられ、その2人の先代には没後にさかのぼってこの称号が与えられた。一方ソナム・ギャツォの側はアルタン・ハーンフビライの生まれ変わりと位置づけ、施主(檀越)と高僧が支え合う関係を確認した。これを機にゲルク派はモンゴル諸部族の間へ急速に広まり、13世紀以来ふたたびチベット仏教モンゴル社会に深く根を下ろした。アルタン・ハーンが築いたフフホトには寺院が建てられ、モンゴル語への仏典翻訳も進んだ。この結び付きは、後にモンゴル勢力がチベット情勢へ介入する背景ともなった。

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