イベント 20件 / 場所 16件 / 人物 3名 / 用語 2件 を収録
カスティーリャ王国からの独立を果たし、アフォンソ1世がポルトガル初代国王に即位した。イベリア半島でのレコンキスタ(国土回復運動)の最中に誕生したこの小国は、後に世界最初の大西洋進出国家として大航海時代…
ポルトガル軍がモロッコのセウタを征服し、アフリカへの本格的進出を開始した。エンリケ王子(後の「航海王子」)もこの遠征に参加し、アフリカ交易の実態とサハラ以南の黄金ルートへの関心を深めた。セウタ征服はポ…
ポルトガル王子エンリケは自らほとんど航海に出ることなく、サグレスに航海学校を設立して天文学者・地図職人・航海士を集め、体系的な海洋探検を国家事業として推進した。彼の支援のもとアゾレス諸島・マデイラ諸島…
ポルトガルの航海士バルトロメウ・ディアスが、アフリカ最南端の喜望峰に到達した。嵐の中で偶然たどり着いたため当初は「嵐の岬」と命名したが、インド洋への航路が開けたことを喜んだジョアン2世が「喜望峰(ボア…
ポルトガルとスペインが教皇の仲介のもと締結した条約。大西洋上の子午線(西経約46度)を境に、東側をポルトガル、西側をスペインの勢力圏と定めた。ヨーロッパの二大海洋国家が「世界を二分割」した前代未聞の取…
コロンブスの新大陸到達直後、ポルトガルとスペインは教皇アレクサンデル6世の仲介で大西洋上に境界線(子午線)を引き、東側をポルトガル、西側をスペインの勢力圏と定めた。この「世界を二分割する」前代未聞の条…
ポルトガルの航海士ヴァスコ・ダ・ガマが、喜望峰を回り東アフリカ沿岸を北上、1498年5月にインドのカリカット(現コジコード)に到達した。ヨーロッパからアジアへの直接的な海の航路が初めて実現し、オスマン…
ポルトガルの航海士ペドロ・アルヴァレス・カブラルが、インドへの航海中に大西洋を西に迂回する途上でブラジルに漂着・到達した。トルデシリャス条約の境界線の東側に位置していたことが確認され、ポルトガルはブラ…
ポルトガルの総督アルブケルケがインド西岸のゴアを征服し、アジア交易の中心拠点とした。ゴアはポルトガル領インドの首都として機能し、香辛料・絹・陶磁器の中継地点として繁栄した。ここを足がかりにポルトガルは…
1519年にスペインを出発したマゼランの艦隊は、南米最南端のマゼラン海峡を通過し太平洋を横断。フィリピンでマゼラン本人が戦死した後、部下のエルカーノが指揮を引き継ぎ1522年9月に帰港した。出発時5隻…
ポルトガル人を乗せた中国船が種子島に漂着し、日本に初めて鉄砲(火縄銃)がもたらされた。島主・種子島時堯は鉄砲を購入し、日本人刀鍛冶が短期間でその製法を習得。鉄砲は以後の戦国時代の戦い方を一変させた。こ…
ポルトガルが中国(明朝)からマカオの居住・交易権を認められ、東アジア最初のヨーロッパ恒久拠点を確立した。マカオは日本・中国・東南アジアをつなぐ中継貿易で莫大な利益をもたらし、キリスト教宣教師の東アジア…
後継者なく崩御したポルトガル王の王位をスペイン王フェリペ2世が継承し、両国は同君連合となった(イベリア同盟)。これによりポルトガルの海外植民地はスペインの敵国(オランダ・イギリス)の攻撃対象となり、香…
11月1日の万聖節の朝、マグニチュード8.5〜9と推定される巨大地震がリスボンを直撃し、続く津波と火災で市街の大半が壊滅、死者は3万〜6万人に及んだ。宰相ポンバル侯は即座に陣頭指揮をとり近代的な都市計…
1755年11月1日(万聖節の朝)、M8.5〜9.0と推定される大地震がポルトガル・リスボンを直撃。地震・火災・津波の三重被害でリスボン市街の85%が破壊され、死者は3万〜6万人に上った。「神が支配す…
ナポレオン戦争でポルトガル王室がブラジルに避難したことで現地の自治意識が高まり、1822年9月7日にペドロ1世がブラジルの独立を宣言した。ポルトガルは最大の植民地を失い、帝国としての影響力は著しく低下…
1884〜85年、ビスマルク主催のベルリン会議でヨーロッパ列強はアフリカ分割のルールを決定した。「先に占領した者が支配権を持つ」という原則のもと、1880年代〜1900年代の約20年間で、アフリカ大陸…
1974年4月25日、若手将校グループ「国軍運動(MFA)」がクーデターを敢行し、半世紀近く続いたサラザール・カエターノ独裁体制を打倒した。革命に賛同した市民が兵士たちの銃口にカーネーションの花を挿し…
1999年12月20日、ポルトガルが約450年間統治したマカオを中国に返還した。マカオはアジアに現存した最後のヨーロッパ植民地であり、その返還は大航海時代に始まるポルトガルの海洋帝国の歴史的終幕を象徴…