中世
シメオン1世の即位とプレスラフ遷都
🇧🇬ブルガリア
893年、ボリス1世の子シメオン1世がブルガリアの君主に即位した。同年に開かれた会議で首都はプリスカから東方のプレスラフへ移され、ギリシア語に代わってスラヴ語(古代教会スラヴ語)が国家と教会の言語として定められたと伝えられる。シメオンはコンスタンティノープルで教育を受けた学識ある君主で、その治世(893〜927年)にはプレスラフ文学学校を中心にスラヴ語の翻訳・著述活動が盛んになり、後世「黄金時代」と呼ばれる文化的隆盛を迎えた。対外的にはビザンツ帝国との戦争を繰り返して領土を広げ、913年にコンスタンティノープル郊外で戴冠を受けたのち「ブルガリア人の皇帝(ツァール)」を称した。