近現代
義和団事件(北清事変)と列強の中国侵略
🇨🇳中国
「扶清滅洋(清を助け西洋を滅ぼせ)」を合言葉にした秘密結社「義和団」が1899年から山東・北京で外国人・キリスト教徒への攻撃を始めた。清朝の西太后がこれを支持して列強に宣戦布告したが、日本・ロシア・イギリス・フランス・ドイツなど8カ国連合軍が北京を占領・鎮圧した。翌1901年の北京議定書(辛丑条約)で清朝は巨額の賠償金(当時の清国歳入の約40年分)と列強の北京駐屯権を認めさせられ、中国の半植民地化が深まった。日本は日露戦争(1904〜05年)の足がかりとしてこの事変で存在感を示した。