近現代
フランス革命・バスティーユ牢獄の襲撃
🇫🇷フランス
財政危機の打開のため1789年5月に招集された三部会で、特権身分と対立した第三身分の代表は6月に国民議会を宣言し、憲法制定まで解散しないと誓った(テニスコートの誓い)。国王による軍隊集結と財務長官ネッケルの罷免に反発したパリ民衆は、7月14日に武器・弾薬を求めて圧政の象徴バスティーユ牢獄を襲撃した。収容されていた囚人はわずか7人だったが、この事件は革命の決定的な転換点となり、8月には封建的特権の廃止と人権宣言の採択が続いた。革命はその後、王政廃止や恐怖政治などの激動を経てヨーロッパ全体に近代市民社会の理念を広め、7月14日は現在もフランスの国民祭典の日となっている。