近世
コンバウン朝の成立とアラウンパヤーによるビルマ再統一
🇲🇲ミャンマー
18世紀前半に衰退していたタウングー朝は、1752年、下ビルマのモン人勢力(復興ハンターワディー朝)に王都アヴァを陥落させられて滅んだ。同じ年、上ビルマのモッソーボー(後のシュエボー)の村長であったアラウンパヤーは服属を拒んで挙兵し、周辺の村々をまとめて抵抗の中心となり、コンバウン朝を開いた。彼は数年のうちに上ビルマを制圧して1754年までにアヴァを回復し、1755年にはエーヤワディー川下流のダゴンを占領してヤンゴンと改称、1757年にはハンターワディー朝の都ペグー(バゴー)を攻略してビルマ全土をふたたび統一した。下ビルマのモン人を支援していたフランスやイギリスの商館勢力とも衝突し、西方のマニプルへも遠征している。コンバウン朝はその後もアラカン併合やシャム(アユタヤ朝)遠征によって領域を広げ、1885年の第三次英緬戦争でイギリスに併合されるまで約130年続くビルマ最後の王朝となった。