近世1714年 〜 1760年

アラウンパヤーあらうんぱやー

別名: アラウンパヤー王・アウンゼーヤ・雍籍牙・Alaungpaya

ビルマ最後の王朝コンバウン朝の創始者。上ビルマのモッソーボー(後のシュエボー)の村長の家に生まれ、本名はアウンゼーヤと伝えられる。1752年、下ビルマのモン人勢力(復興ハンターワディー朝)がタウングー朝の王都アヴァを陥落させてビルマ中部を制圧すると、彼は服属を拒んで挙兵し、「アラウンパヤー(来たるべき仏となる者の意)」と名乗って近隣の村々を糾合した。巧みな用兵と農村の動員によって短期間に勢力を広げ、1754年までにアヴァを回復して上ビルマを掌握、1755年にはエーヤワディー川下流の港町ダゴンを占領して「戦いの終わり」を意味するヤンゴンと改称した。1757年にはハンターワディー朝の都ペグー(バゴー)を攻め落としてビルマの再統一を果たし、モン人勢力に協力していたフランスやイギリスの商館勢力とも衝突した。西方ではマニプルへ遠征して圧力を加え、東方のシャム(アユタヤ朝)に対しては1760年に大規模な遠征を行ってアユタヤを包囲したが、陣中で病に倒れたとされ、撤退の途上に没した。在位はわずか8年ほどだが、彼が築いたコンバウン朝は1885年まで存続し、また彼が名づけたヤンゴンは後にミャンマー最大の都市へ発展した。ミャンマーでは国土を統一した王の一人として、アノーヤター、バインナウンと並び称されることが多い。

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