中世
マンサ・ムーサ
別名: ムーサ1世・カンカン・ムーサ・Mansa Musa
14世紀前半の西アフリカ・マリ帝国のマンサ(王)。1312年頃に即位し、1337年頃まで在位したとされる。生年は不詳。ニジェール川流域からサハラ南縁にかけての広い領域を統治し、バンブクやブレなどの金産地と、タガザなどの岩塩産地を結ぶサハラ縦断交易を掌握して帝国を最盛期に導いた。1324年のメッカ巡礼では大規模な隊列を率い、カイロで多額の金を贈与・支出したため現地の金相場が下落したと、イブン・ファドルッラー・アル=ウマリーら同時代のアラビア語史料は記している。この巡礼によってマリの名はイスラム世界と地中海世界に伝わり、1375年頃のカタルーニャ地図帳には金塊を手にしたマリの王として描かれた。帰国後はトンブクトゥやガオにモスクを建て、イスラム法学者を招いて学問を保護したと伝えられ、トンブクトゥのジンガリベリ・モスクの創建も彼の治世に帰されている。彼の死後、マリ帝国では地方勢力の自立が進み、15世紀以降は東方のソンガイ帝国が西アフリカの主導権を握った。