近現代

印パ分離独立と東パキスタンの誕生

🇧🇩バングラデシュ

1947年8月、イギリスインドの分離独立に際してベンガル州は宗教別の人口分布に沿って分割され、東部のムスリムが多数を占める地域が「東ベンガル」としてパキスタンに帰属した(1955年に「東パキスタン」と改称)。州都カルカッタを含む西部は西ベンガル州としてインドに残り、境界はイギリスの法律家シリル・ラドクリフを長とする境界画定委員会が短期間で引いた、いわゆるラドクリフ・ラインによって定められた。新国家パキスタンは、インドを挟んで約1,600キロメートル(約1,000マイル)隔てられた西翼と東翼から成り、両者はイスラームという宗教を共有する一方で、言語・文化・経済構造を大きく異にしていた。人口では東翼が過半を占めたにもかかわらず、政治・軍・官僚機構の中枢は西翼のカラチ(後にイスラマバード)に置かれ、1948年にウルドゥー語のみを国語とする方針が示されるとベンガル語話者の反発を招き、1952年の言語運動(ベンガル語国語化運動)へと発展した。こうした構造的な不均衡は東西の対立を深め、1971年のバングラデシュ独立戦争の遠因となった。

🌍 同時代の世界

🤖 AIが選んだ関連コンテンツ