近現代

ベンガル語運動(言語殉教者の日)

🇧🇩バングラデシュ

1947年の印パ分離独立後、パキスタン中央政府が西パキスタンで主に使われるウルドゥー語のみを国語とする方針を打ち出したことに対し、人口の過半を占める東パキスタン(現バングラデシュ)のベンガル語話者が強く反発した。1952年2月21日、ダッカでは集会禁止令を破って抗議したダッカ大学の学生らに警察が発砲し、複数の学生・市民が死亡した。犠牲者は「言語殉教者」として追悼され、この事件は東パキスタンの民族意識を大きく覚醒させて、1971年のバングラデシュ独立運動の原点の一つとなった。1956年にはベンガル語がパキスタンの国語の一つとして認められ、1999年にはユネスコが2月21日を「国際母語デー」に制定した。ダッカには犠牲者を記念するショヒド・ミナール(殉教者記念塔)が建てられている。

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