近現代
キプロス共和国の独立
🇨🇾キプロス
1878年以来イギリスの統治下にあったキプロスで、ギリシャとの統合(エノシス)を求める動きが強まり、1955年からEOKAによる武装闘争が展開された。トルコ系住民は分割(タクシム)を主張して対立し、1959年のチューリヒ・ロンドン協定でエノシスにも分割にもよらない独立国家の樹立が合意された。1960年8月16日にキプロス共和国が発足し、大統領にギリシャ系のマカリオス3世大主教、副大統領にトルコ系のファジル・キュチュクが就任した。憲法は両民族の権限配分を細かく定め、イギリス・ギリシャ・トルコの3国が独立と憲法秩序の保障国となり、イギリスはアクロティリとデケリアに主権基地領域を保持した。しかし憲法運用をめぐる対立から1963年末に共同統治は崩れ、1964年に国連平和維持部隊(UNFICYP)が展開した。1974年のクーデタとトルコの軍事介入以降、島は事実上南北に分断された状態が続いている。