古代
呂布(りょふ)
別名: 呂奉先・りょふ
後漢末期の武将で、三国時代最強とも称される武勇の持ち主。「人中に呂布あり、馬中に赤兎あり」と並び称され、名馬・赤兎馬とともに語られる。並州の出身で、はじめ丁原に仕えたがこれを殺して董卓の養子となり、後に董卓も討つなど、二度にわたる主殺しによって信望を失った。董卓の死後は各地を流浪し、曹操や劉備と結んでは離反することを繰り返したが、最終的に199年、下邳城の戦いで曹操に敗れて捕らえられ、処刑された。武勇に優れる一方で統率や信義に欠けた人物として描かれる。