後漢末期の黄巾の乱から、魏・呉・蜀の三国鼎立、そして晋による天下統一までの約100年間。数多の英雄たちが覇権を争ったドラマチックな時代を特集します。
三国志とは、後漢末期の混乱から魏・蜀・呉の三国が並び立ち、最終的に晋(西晋)が天下を統一するまでの約100年間(184年〜280年)の歴史を記した正史『三国志』(陳寿著)と、それを基にした小説『三国志演義』(羅貫中著)の総称です。
日本では特に『三国志演義』の影響が強く、劉備・関羽・張飛の「桃園の誓い」、諸葛亮の「天下三分の計」、そして赤壁の大決戦など、ドラマチックなエピソードが広く知られています。
正史と演義には多くの相違点があり、演義では蜀漢を正統として美化する傾向がありますが、史実では魏が最大の国力を持ち、最終的に魏を禅譲で奪った司馬氏の晋が天下を統一しました。
太平道の張角が起こした農民反乱。後漢朝廷は各地の豪族に討伐を委ね、結果として群雄割拠の時代が幕を開ける。
董卓が洛陽を掌握し暴政を敷く。反董卓連合が結成されるも内部対立で瓦解。董卓は呂布に暗殺され、曹操・袁紹・劉備・孫策らが各地で勢力を拡大。
華北の覇権をかけて曹操と袁紹が激突。兵力で劣る曹操が奇策で大勝し、華北統一の道を切り開く。
南征する曹操の大軍を、孫権・劉備連合軍が火攻めで撃破。曹操の天下統一は阻まれ、三国鼎立の構図が確定する。三国志最大の名場面。
220年に曹丕が後漢から禅譲を受けて魏を建国。221年に劉備が蜀漢を、229年に孫権が呉を建国。三国鼎立が正式に成立。
蜀漢の丞相・諸葛亮が魏への北伐を5度にわたり実施。街亭の戦いでの馬謖の失敗、五丈原での陣没など、悲壮な戦いが続く。
263年に魏(実質は司馬氏)が蜀漢を滅ぼし、265年に司馬炎が魏から禅譲を受けて晋を建国。280年に呉を滅ぼし天下統一を達成。約100年の三国時代が終焉。
正史『三国志』は陳寿が晋の臣下として編纂した歴史書で、魏を正統王朝として扱います。一方『三国志演義』は明代の小説で、蜀漢の劉備を主人公として描き、「七実三虚」(7割は史実、3割は創作)と言われています。赤壁の戦いの「借東風」や「空城の計」は演義の創作です。
劉備・関羽・張飛が桃園で義兄弟の契りを結ぶ有名な場面は、演義の創作です。正史には三人が「寝食を共にし、恩は兄弟のようであった」という記述があるのみで、正式な義兄弟の儀式は記録されていません。
魏は当時の中国の約半分(華北全域)を支配し、人口も最大でした。呉は長江以南の広い地域を支配しましたが、開発が遅れていました。蜀は現在の四川省周辺のみで、最小の領土・人口でしたが、険しい地形を天然の要塞としていました。