中世

農奴制

別名: 農奴・セルフダム

関連国・地域: RU, DE, FR, PL, AT

領主の土地に緊縛され、移動や職業選択の自由を制限された農民(農奴)の身分と、それを支えた社会制度。農奴は奴隷とは異なり家族と保有地を持ち、慣習によって保護される面もあったが、領主の直営地での賦役や現物・貨幣の貢納を負い、領主の裁判権と結婚・相続にかかわる各種の負担に服した。西ヨーロッパでは中世の荘園制のもとで広がり、11〜13世紀に一般的な農民のあり方となったが、貨幣経済の浸透で賦役が地代に置き換わり、14世紀半ばの黒死病による人口激減が労働力の希少化をもたらしたことで衰退し、15〜16世紀には多くの地域で実質的に消滅した。これに対しエルベ川以東の中・東欧では、西欧向けの穀物輸出に応じて領主直営の大農場経営(グーツヘルシャフト)が拡大し、16世紀以降にかえって農民の隷属が強められた。この対照的な現象は「再版農奴制(グーツヘルシャフト体制)」と呼ばれる。ロシアでは16世紀末以降に農民の移動の自由が段階的に奪われ、1649年の会議法典(ソボールノエ・ウロジェーニエ)が逃亡農民を捜索する期限を撤廃したことで農奴制が法的に確定し、18世紀には領主の権限がいっそう強化された。廃止は地域によって時期が大きく異なり、ハプスブルク領ではヨーゼフ2世が1781年に人身隷属を廃したのち1848年革命で賦役が撤廃され、プロイセンでは1807年の十月勅令に始まる改革が進められ、ロシアでは1861年の解放令、ルーマニアでは1864年の農地改革によって廃止された。もっとも法的な廃止の後も、買戻し金の負担や地主的土地所有が残り、農民の実質的な従属関係は長く続いた。

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